野口遵(のぐち・したがう)は、我が国における電気事業界、化学工業界の先駆者で1923年(大正12年)世界で初めてカザレー式アンモニア合成法の工業化に成功し延岡の地に20世紀をリードする産業基地の建設を行い、現在の工業都市「延岡」の礎をつくりました。延岡市の初代市長である仲田又次郎氏は、翁の追懐録の中で「野口遵翁は延岡市新興の母である」とその偉大なる事業の足跡を称えています。またその後、産業黎明期にある日本にありながら中国、北朝鮮、台湾に一大化学工場を建設するという、当時としては、余人の成し得ない雄大な構想を描いて世界に雄飛しそのグローバルな事業姿勢は現在もなお新しい意義を持つものです。
さらに、私財のすべてを投じ、日本においては財団法人「野口研究所」を設立、戦前戦後を通じて化学工業の調査研究に多大な寄与をし、また「朝鮮奨学会」の設立に寄与し、これまでに4万人近い奨学生を送り出し、今なお「朝鮮奨学会」は、朝鮮の協議のもと活動が続けられていることは特筆すべきことです。
このような、世界を見据えて大事業を成し遂げた偉大な先駆者、野口遵の遺徳と業績を偲び、その功績を広く永く後世に伝えるとともに、新たな時代感覚で顕彰し21世紀の新しい産業社会を興していく担い手の青少年に、科学技術への夢と希望を育む事業を行っていきたいと「野口遵顕彰会」は願っています。

旧旭化成㈱延岡支社前に凛として建つ銅像。
今も延岡と世界の産業発展を見守っている。


右上の「野口記念館」は旭化成(株)が創業30周年を記念して延岡市に寄贈したホール。延岡市発展の基礎を築いた旭化成の創業者『野口遵』の功績を称えて『野口記念館』と命名されました。延岡市民はもとより、県北の文化の発展に大いに寄与してきました。一方、2022年には、旭化成(株)の100周年記念事業して『野口記念館』が『野口遵記念館』としてリニューアル(左写真)され、野口遵の功績をより具体的に伝える顕彰ギャラリーが設けられている。